私の証になります。気になる方はお読みください。

ではどうぞ。

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ゼリーの証

私は小さい時から、教会に通っていました。母が教会に通っていたためです。礼拝はよくわからなかったですが、とりあえず楽しかったので小学生クラスには毎週参加していました。

ある時、クラスの先生に「神様を信じますか?」と聞かれました。このとき信じるとはどういうことか、よくわかってはいませんでした。ですが、一緒に通っていた友達が信じるといっていたので自分も信じますと答えました。そのまま自分は神様を信じていると勘違いしながら、教会に毎週通い続けました。

小さい時から神様の話を聞いていたので、神様のことを理解はしていなかったけど知識はありました。そのため、先生や教会の人にされる質問にはどう答えるべきなのか、何が正解なのかを知っていました。この時の私は質問に正解することが全てで、「神様ってどんな方なの?」とか「なんで毎週教会にきているんだろう?」と自分の本当の気持ちをいうことで誰かに「この子はクリスチャンではない」と言われることを恐れていました。また教会に通うことが当たり前で、行くということが目的になっていました。日曜日に教会に行き形だけの礼拝をする。これは私の中ではとりあえずしなければならないことで、そこには感謝も喜びもありませんでした。

高校生の時にクラスの先生と個人的に話す機会が与えられました。その時、「なぜ教会に来てるの?」と質問されました。正解を答えるべきか、自分の気持ちを話すか迷いましたが、正直に自分の思っていることを話すことにしました。これを聞いて先生は福音の話、神様とはどんな方なのかということを改めて教えてくれました。話を聞いてからだんだんと自分のしている行動に「これでいいのかな?」という疑問を感じ始めました。

そして大学生になった時、つながりのあるアメリカの教会にショートステイしました。彼らの礼拝している姿や普段の行動を見て、「本当に自分は神様を信じているのか?」という疑問は確信に変わりました。私は神様を信じているのではなく、神様を信じていると思い込んでいるだけなのだと理解しました。この時、今までの自分の罪を悔い改め神様のために歩んでいきたいと思いました。今は救われたものとして感謝があふれ、神様のために生きられることをうれしく感じています。